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千葉地方裁判所 昭和37年(ワ)228号 判決

原告 布留川博

被告 有限会社国吉運輸部 外一名

主文

一、被告両名は、連帯して、原告に対し、金七九九、七九三円及び之に対する昭和三七年九月一三日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、之を五分し、その三を原告の負担、その余を被告両名の連帯負担とする。

四、この判決は、原告に於て、被告両名に対する共同の担保として、金二〇〇、〇〇〇円を供託するときは、第一項について、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は、各自、原告に対し、金二、五〇二、一六六円及び之に対する昭和三七年九月一三日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、農業兼役場吏員である訴外布留川巖の長男であつて、家業である農業の補助を為して居たもの、被告会社は、多数の貨物自動車を所有して、運送業を営んで居るものであり、又、被告三森は、被告会社に雇はれ、その所有の貨物自動車の運転を為して居たものである。

二、原告は、昭和三五年二月一七日、その父の所有に係る軽自動二輪車(千と〇五九二号)(以下、オートバイと云ふ)に乗車運転して、東京都豊島区椎名町から肩書自宅に帰る途中、同日午後三時過ぎ頃、千葉市都町を通り肩書自宅方面に通ずる通称東金街道を、千葉市都町方面から東金方面に向けて進行し、同日午後三時一〇分頃、千葉市都町一、一五九番地先に至つた際、反対方向から進行して来た被告三森の運転に係る被告会社所有の普通貨物自動車(千一あ一、二二七号)(以下、トラツクと云ふ)の前部右側フエンダー附近を、原告の乗車運転して居た右オートバイに接触され、その為め、原告は、道路上にはね飛ばされ、その結果、全治までに五ケ月間の加療を要した右上腕骨々折、右大腿骨々折及び右下腿切断の傷害を受けるに至つた。

三、右事故は、以下に記載の経過によつて発生するに至つたものである、即ち、同被告は、前記トラツクを運転して、前記東金街道を時速約四〇キロの速度で、原告の乗車運転して居たオートバイの進行方向と反対方向に向つて進行して来たものであるところ、右事故現場附近は、諸車の往来が激しく、而も、左側(右トラツクの進行方向に向つて)にカーブして居て、見通しが悪いのであるから、前方に細心の注意を払ひ、危険な場合には何時にても停車し得る様に減速進行して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるに拘らず、同被告は、その義務を尽すことを怠り、前方の注視も為さず、減速もせず、時速約四〇キロの速度のままで、而も、道路中央より甚だしく右側(右トラツクの進行方向に向つて)を、漫然、進行し、反対方向から進行して来た原告の乗車運転する右オートバイを約二〇メートルの近距離に迫つて、漸く、発見し、急制動をかけたのであるが及ばず、右トラツクの前部右側フエンダー附近を右オートバイに接触させ、因つて、右事故を発生せしめるに至つたものである。

四、右の次第であるから、右事故は、被告三森の過失に基くそれであり、従つて、同被告は、原告が右事故によつて蒙つた損害の賠償を為すべき義務を負ふて居るものである。

而して、右被告三森は、被告会社の運転者として、同会社の為めに、前記トラツクの運転を為して居たものであるから、右事故の際に於ける右トラツクの運転は、被告会社が自己の為めにその運行の用に供したものであり、従つて、同会社も亦自動車損害賠償保障法第三条の規定によつて、原告が右事故によつて蒙つた損害の賠償を為すべき義務を負ふて居るものである。

五、右事故によつて原告が蒙つた損害の額は、以下に記載の通りである。

(一)、財産上の損害の額。

(1)、積極的損害の額、金一五六、〇六六円。

その内訳は、左の通りである。

(イ)、金一二三、九六六円。

前記傷害治療の為め、昭和三五年二月一七日から同年七月一七日まで、五ケ月間、国立千葉病院に入院して支出した入院費及び治療費。

(ロ)、金三二、一〇〇円。

右下腿部切断の結果、必要となつた義足及び松葉杖の購入代金。

(2)、消極的損害の額、金一、八四六、一〇〇円。

右額は、原告が、右事故によつて、得べかりし利益を失つたことによつて蒙つた損害の額である。

原告家の家業は、農業であつて、田五反歩、畑六反歩、山林三町歩を有し、原告は、その補助を為して居たものであるが、その父は、町役場に収入役として勤務して居るので、実質的には、原告が、その家業を担当し、之によつて、年間約金四〇〇、〇〇〇円の収入を得て居たものであるところ、本件事故による身体障害の為め、原告は、農業に従事することが出来ず、その為め、日雇人夫を雇つて、辛うじて、農業の経営を維持すると云ふ状態となり、その結果、原告家の農業による収入は半減するに至つた。従つて、原告の収入も亦半減するに至つたので、原告は、右事放によつて、従前得て居た取得の半額を失ふに至つたものであるから、之によつて、原告は、同額の得べかりし利益を喪失したことになるものである。併しながら、農業経営者が喪失した得べかりし利益の計算は、極めて困難なことであるので、それは、一般産業労務者がその労働によつて取得する賃銀の額を標準として計算することが最も妥当であるから、原告が喪失した得べかりし利益の額は、之を標準として、その額を算出するのが相当であると主張する。而して、今日の経済界の情況に照すと、一般産業労務者が取得し得るところの最低賃銀が一日平均金五〇〇円以上であることは、公知の事実であるから、之を基準として、原告が喪失した得べかりし利益を計算すると、原告は、昭和一三年九月五日生であつて、昭和三一年七月厚生省発表の生命表によれば、原告は、六六歳まで生存し得るものであるところ、その稼働年令は、原告の従来の健康状態に照し、五五歳を限度とするのが、相当であると云ひ得るので、原告は、なほ、三二年間、稼働して、一日平均金五〇〇円の割合による利益を得べかりし筈のものである。従つて、一ケ月間の稼働日数を二五日、一ケ年間の稼働日数を三〇〇日として、之を計算すれば、原告は、その間に於て、合計金四、八〇〇、〇〇〇円の利益を得べかりし筈のものであつて、之をホフマン式計算方法によつて、現在額に引直せば、その額は、金一、八四六、一〇〇円となる。而して、原告は、この得べかりし利益を喪失するに至つたものであるから、それによつて蒙つた損害は、右額となるものである。

(二)、精神上の損害の額。

慰藉料金五〇〇、〇〇〇円、(但し、慰藉料金二、〇〇〇、〇〇〇円の内、本訴に於て請求する額)。

原告は、従来健康に恵まれ、昭和三一年東金高等学校を卒業し、近く妻帯の上農業経営により幸福な家庭生活を営むことを念願して居たものであるところ、本件事故によつて、生れもつかぬ不具者となり、右希望も一朝にして之を失ひ、その身は却つて家族の負担となつて居る有様で、その精神上の苦痛は、極めて、甚大であつて、これを金銭に見積れば、その額は金二、〇〇〇、〇〇〇円を以て相当額とするのであるが、本訴に於ては取敢えず、その内、金五〇〇、〇〇〇円を請求する。

六、仍て、被告等各自に対し、右各損害額の合計金二、五〇二、一六六円及び之に対する本訴状が被告等に送達された日の翌日である昭和三七年九月一三日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告等の主張に対し、

七、被告等主張の各事実のあることは、孰れも、之を争ふ。

八、尚、原告は、前記事故現場附近に至るまでは、道路左側を、時速約三五キロで進行したのであるが、その前方約四〇メートル附近に被告三森の運転する前記トラツクを発見したので、速度を時速三〇キロに減速した上、更に、道路の左側に寄つて進行したものであるところ、右被告三森は、道路の中央線を越え、且、減速を為さず、時速四〇キロの速度で進行して来たものであつて、その結果、前記事故が発生するに至つたのであるから、右事故は、全く右被告の過失に基因するものであつて、原告には、何等の過失もないものである。

と述べ、

被告両名訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因第一項の事実は、之を認める。

二、同第二項の事実は、原告主張の日時、場所に於て、原告主張の方向から進行して来た原告の乗車運転するその主張のオートバイが、その反対方向から進行した被告三森の乗車運転する原告主張のトラツクの前部右側フエンダーに接触したこと、及び原告が路上に転倒、負傷したことは、之を認めるが、その余の事実は、全部、之を争ふ。

三、同第三、四項の事実は、右事故が、原告主張の経過によつて発生するに至つたものであること、及びそれが被告三森の過失に基因するものであることは、共に、之を否認する。

右事故は、以下に記載の経過によつて発生するに至つたものである、即ち、被告三森は、前記トラツクを運転し、時速約四〇キロの速度で、前記事故現場附近手前まで進行したのであるが、道路は、右現場附近で、左側(その進行方向に向つて)にカーブして居て、見通しが悪く、又、道路の幅は六・八メートルであつて、現在の道路幅より狭く、右被告の運転したトラツクは、その右側車輪を道路の中央線に近づけなければ曲りきれない状況にあつたので、被告三森は、右事故現場にさしかかつた際、一度ブレーキを踏んで速度を時速四〇キロ以下に落し、右側車輪を道路の中央線に接する程度にした上、前方を注視しながら進行したところ、原告が、反対方向から、小雨が降つて居て、帰りを急いだ為めか、時速約六〇キロの速度で、うつむきかげんで、前方をよく注視せず、中央線を超えながら進行して来るのを認めたので、被告三森は、警笛を吹鳴し、且、急ブレーキをかけ、ハンドルを左へ切つて、急停車の処置をとつたのであるが、原告は、何等の処置をもとらず、従前の速度と進行方向のままで進行して来て、そのまま、トラツクの進路に突入した為め、原告は、その運転して居た前記オートバイの右ハンドル附近を右トラツクの右ライト附近に、その右下腿部を右トラツクの前部右バンバー附近に激突せしめ、因つて、前記事故を発生せしめるに至つたものである。斯る次第であるから、右事故は、原告の暴走によつて発生するに至つたものであつて、その原因は、挙げて原告側にあるものであるから、被告三森には何等の過失もないものである。

尚、原告には、前方注視義務違反の外に、速度制限の規定に違反し、且、中央線を超える進行禁止の規定に違反する所為があつて、この点も右事故発生の原因となつて居るものであるから、この点から見ても、右事故が原告の過失に基因するものであつて、被告三森に過失のないことが明瞭である。

四、右の次第で、被告三森には過失がないのであるから、同被告に於て、原告の損害を賠償すべき義務はないものである。

而して、右事故発生の際に於ける右トラツクの運行が、被告会社の為めのそれであることは、之を争はないが、右トラツクを運転した右被告三森に過失がない以上、被告会社に於ても亦原告の蒙つた損害の賠償を為すべき義務はないものである。

五、仮に、被告等に何等かの責任があるとするならば、前記の通り、原告にも過失があるのであるから、過失相殺が為さるべきものである。

六、同第五項の事実は、全部、之を争ふ。尚、原告は、得べかりし利益を喪失したことによる損害の額として、一日平均金五〇〇円の割合による額を基準として、その額を算出して居るのであるが、その算出は、原告が、稼働不可能であることを前提としてのそれであるから、稼働し得る場合には、それによつて得べかりし額を当然控除すべき筋合であるところ、原告は、現在、事務系統の職場に就職し、一日平均金五〇〇円以上の収入を得て居るのであるから、原告主張の得べかりし利益の喪失による損害は皆無となるものである。従つて、仮に、原告に損害があるとしても、得べかりし利益を喪失したことによる損害はないことになるものであるから、原告は、それによる損害賠償請求権は、之を有しないものである。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、昭和三五年二月一七日午後三時一〇分頃、千葉市都町一、一五九番地先の通称東金街道に於て、原告主張の方向に向け進行中の原告の乗車運転するその主張のオートバイが、反対方向から進行して来た被告三森の運転に係る原告主張のトラツク(五トン車)の前方右側に接触し、原告が、路上に転倒したことは、当事者間に争がなく、その結果、原告が、その身体に、その主張の傷害を受け、且、右下腿部切断の手術を受けるに至つたことは、成立に争のない甲第一号証、同第一〇号証と原告本人の供述とによつて、之を肯認することが出来る。

二、而して、成立に争のない甲第七乃至第九号証(成立に争のない乙第二号証は甲第七号証と、乙第三号証は甲第八号証と、乙第四号証は甲第九号証と、夫々、同一の書面)と同甲第一一号証(成立に争のない乙第五号証と同一の書面)と検証の結果と原告本人及び被告三森本人の各供述とを綜合すると、

(1)、前記東金街道は、千葉市から東金市方面に通ずる二級国道で、アスフアルトで舗装され、前記事故現場附近は、前記事故発生当時に於ては、(現状は、その後、別紙見取図々示の通り変更されて居る)、別紙見取図々示の通り、千葉市亀岡町方面から同市泉町方面に向つて、同図々示の通り、右側に、(オートバイの進行方向に向つて右側に、トラツクの進行方向に向つて左側に)、カーブし、その路面は傾斜がなく平坦ではあるが、見通しは悪く、(尚、右現場附近に於ては、速度規制が為されて居て、その制限速度は、高速車については時速五〇キロ、中低速車については時速四〇キロである)、又、右事故発生当時には、小雨が降つて居て、路面がぬれて居り、スリツプしやすい状況にあつたこと、

(2)、原告は東京都内から肩書自宅に帰る途中であつて、(積荷はなかつた)、千葉市内に入つた頃から小雨が降り出したが、千葉市内には知人もなく、雨具を借りることが出来なかつたので、雨具なしのままで帰途を急ぎ、時速約三五キロの速度で、前記事故現場附近にさしかかつたのであるが、前方には、人も居らず、進行中の車もなく、危険を感ずる状況は全然なかつたので、前方には特段の注意を為さず、雨足をさけるため、うつむきかげんで、前記速度のままで進行を続けたこと、及びその進行位置は、道路中央より稍左側寄りであつたこと、

(3)、一方、被告三森は、東金市からトラツクに電気工事の廃材約三トンを積んで千葉市方面に帰る途中であつて、時速約四〇キロの速度で、前記事故現場にさしかかつたのであるが、右現場附近には人影も進行中の車も見当らず、特段の危険も感じられなかつたので、前方には特段の注意を為さず、そのままの速度で進行したこと、而して、前記現場附近は、前記の通り、左側(トラツクの進行方向に向つて)、にカーブし、之を曲る為めには、稍右側に出る必要があつたので、右側車輪が道路の中央より稍右側に出る程度に、少しく右側に寄つて進行したこと。

(4)、而して、前記現場附近は、前記の通り、カーブして居て、見通しが悪く、従つて、高速で、之を通過するときは、不意に、対向車が進行して来て、之と衝突するに至る危険があり、而も、当日は、雨の為め路面がぬれて居て、スリツプしやすい状況にあつて、危険が迫つた場合に、急停車しても、スリツプして、衝突するに至る危険があつたのであるから、之を通過するに際しては、オートバイを運転して居た原告も、トラツクを運転して居た被告三森も、共に、前方に十分注意し、危険な場合には即時その場で直ちに停車し得る様に徐行し、且、互に、十分に左側に寄つて進行すべき義務を負ふて居たものであると云ふべく、而して、斯くすれば、当然に、事故の発生は、未然に、之を防止し得た筈のものであつたこと、而も、当時の状況は、容易に之を為し得る状況にあつたものであると認め得られること、

(5)、然るに拘らず、双方は、之を為さず、漫然、前記の様に進行し、被告三森は、約二〇メートルの近距離に迫つて、漸く、オートバイがトラツクに向つて、前記速度で、進行して来るのに気付き、別紙見取図々示の位置にある(B)点附近で、急遽、ハンドルを左に切つて、急停車の処置をとつたのであるが、速度が前記の通りであつて、而も路面がぬれて居た為め、スリツプし、一方、原告は、トラツクの近接して来るのに気付かず、そのまま進行した為め、オートバイの右側と、スリツプしたトラツクの前方左側とが接触し、その結果、前記事故の発生を見るに至つたこと、

が認められ、検証の結果を除くその余の前顕各証拠中、右認定に牴触する部分は、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はないのであるから、前記事故は、双方の過失によつて、発生するに至つたものであると認定するのが相当であると云はざるを得ないものである。

被告等は、右事故は、原告の暴走によつて発生したものであつて、その原因は、挙げて、原告側にあるのであるから、被告三森には過失はないと云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、認定し得る事実は、前記の通りであつて、被告等主張の様な事実のあることは、之を認め得ないのであるから、被告等の右主張は、理由がない。

三、然る以上、被告三森は、右事故によつて生じた結果について、その責任を負はなければならないものであり、又、右被告が被告会社の為めに、右トラツクを運転したものであることは、当事者間に争のないところであるから、右トラツクは、被告会社が自己の為めに之をその運行の用に供したものであると云はざるを得ないものであるところ、法定の免責事由のあることは、被告会社に於て、之を証明して居ないのであるから、被告会社は、右トラツクの保有者として、右結果について、その責任を負はなければならないものであり、従つて、被告三森及び被告会社は、共に、右事故によつて原告が蒙つた損害の賠償を為すべき義務を負ふて居るものであると云はざるを得ないものである。

而して、被告両名の右義務は、不真正連帯の関係にあるそれであると解されるので、被告両名は、連帯の関係に於て、右義務を負ふて居るものであると云はなければならないものである。

四、然るところ、前記認定の事実によると、原告にも過失のあることが明かであるから、前記事故によつて生じた結果については、原告に於ても、その責任を負はなければならないものである。

仍て、その責任負担の割合について、按ずるに、本件事故は、正面衝突の場合に準じて、之を観るのが相当であると認められるところ、正面衝突の場合に於て、双方の車が対等の条件を具有する場合に於ては、特段の事情のない限り、双方平等の割合による注意義務の違反があると云ひ得るのであるから、その責任負担の割合も平等であると云ひ得るのであるが、本件の場合は、之と異なり、原告の車は、身が軽く、方向転換の自在なオートバイであつて、積荷などもなく、他方、被告側のトラツクは、身が重く形の大きい五トン車であつて、而も約三トンの積荷があり、双方の具有する条件には、大きな相違があり、又、オートバイは、危険が迫つても、その際に於て、十分な注意を為せば、危険発生の直前に於て、反転し、その発生を未然に防止し得る可能性があるに比し、右の様なトラツクは、危険に近接しないはるか以前に於て、危険防止の処置をとらない限り、危険の発生の防止は困難であると云ひ得るものであるから、その注意を為すべき度合は、トラツクの運転者の方がオートバイのそれに比し、大であると云ふべく、従つて、一般的な注意義務違反の責任の点に於ては、被告三森のそれが、原告のそれより大であると云はざるを得ないものであるところ、原告は、危険発生に至るまで、トラツクの進行して来ることに気付なかつた点に於て、右義務違反の責任は重く、又、被告三森は、危険が切迫してから、オートバイの進行して来るのに気付き、その進路転換の処置と急停車の処置とをとつたとは云へ、その時期は既に遅く、それよりはるか以前に危険発生防止の処置をとらなかつた点に於て、右義務違反の責任は重く、これ等の事情と前記認定の諸事実のあることとを綜合すると、その責任負担の割合は、原告が一〇分の四、被告両名が、各自、一〇分の六とするのが相当であると認められるので、その割合は、右割合であると認定する。

従つて、被告等が、原告に対し、支払ふべき義務のある賠償額は、各自、損害額の一〇分の六となるものである。

五、而して、

(イ)、原告が、本件事故によつて蒙つた前記認定の傷害治療の為め、国立千葉病院に入院し、右下腿切断の手術を受け、その入院及び治療費として、合計金一二三、九六六円、義足及び松葉杖代金として、金三二、一〇〇円、計金一五六、〇六六円の支出を為して、同額の損害を蒙つたことは、成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、同一〇号証及び原告本人の供述によつて、之を認定することが出来、この認定を動かすに足りる証拠はなく、

(ロ)、而して、原告本人の供述によると、原告は、従前、家業である農業の補助を為して居たのであるが、本件事故にあつて、下腿部切断の手術を受け、右足の自由を失つた結果、農業に従事することが不可能となり、その為め、志を立て、エツクス線技師となり、昭和三九年四月から、同技師として、八日市場国民健康保険病院に勤務し、月額金一五、〇〇〇円の給料を得て居ることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、右事実によると、原告は、右事故にあつた結果、転業して、現在、右額の収入を得るに至つたことが明かであるが、それは、原告が右事故にあつた結果、それを動機として、自ら志を立て、右技師となり、それによつて、右収入を得るに至つたものであるから、右事故にあつたことは、その志を立てる動機とはなつて居るが、右収入を得る直接の原因とはなつて居らず、従つて、右事故と右収入との間には、相当因果関係がないと判定するのが相当であると云ふべく、従つて、原告は、右事故にあつた為め、農業に従事することが不可能となつたことによつて蒙つた、得べかりし利益を失つたことによる損害の賠償を求め得るものであると云はなければならないものである。

被告等は、この点について、原告は、前記事故にあつた結果、右収入を得るに至つたものであるから、その収入額は、当然、損害額から控除せられるべき筋合のものであるところ、その収入額は、原告主張の損害額算出の基準額より多額であるから、原告には、得べかりし利益を矢つたことによる損害賠償請求権は之を有しないと云ふ趣旨の供述を為して居るのであるが、原告の得て居る右収入と右事故との間に相当因果関係のないことは、右に判示の通りであるから、右両者の間に相当因果関係のあることを前提とする被告等の右主張は、理由がないことに帰着する。

而して、原告が、本件事故当時、農業補助者として、現実に、何程の額の収入を得て居たかは、之を認めるに足りる証拠がないのであるが、千葉県下に於ける一般農業補助者の得て居る一日の平均賃料額が金五〇〇円程度であることは、公知の事実に属することであるから、原告が、右事故当時、農業補助者として得て居た賃銀の額は、一日金五〇〇円であると認定するのが相当であると認める。而して、当裁判所に顕著な事実であるところの、千葉県下に於ける農業補助者の生活状態に照すと、原告は、その得て居た賃銀の半額は、生活費その他の必要費に支出されて居たものであると認定するのが相当であると認められるので、原告が、右事故当時に得て居た純益は、一日金二五〇円であつたものであると認定する。而して、当裁判所に顕著な事実であるところの、千葉県下に於ける農業耕作等の状況に照すと、農業補助者の年間稼働期間は、四月乃至一一月の八ケ月間であると認めるのが相当であると認められるので、原告の農業補助者としての年間稼働期間は八ケ月間であると認定する。従つて、年間稼働日数は合計二四四日となるのであるが、通常人の生活上、月間三日の休養が必要であると認められるので、八ケ月間合計二四日は、之を稼働日数から控除するのが相当であるから、之を控除すると、年間実稼働日数は計二二〇日となる。従つて、原告の取得し得る年間の純益額は、結局、合計金五五、〇〇〇円となるものである。

然るところ、原告が昭和一三年九月五日生であることは、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないところであつて、日本人の平均生存年齢が六六年位であることは、公知の事実であると云ひ得るので、原告は、その年齢に達する頃まで生存し得ると認定し得るものであるところ、その稼働年齢は、原告の身体状況に照し、原告主張の通り、五五歳程度と認めるのが相当であると認められるので、原告は、農業に従事することが不可能となつたときから起算して、原告主張の通り、なほ、満三二年間は、稼働し得た筈のものであると云ふべく、従つて、原告がその間に於て得べき筈の純益は合計金一、七六〇、〇〇〇円となるものであるところ、原告は、本件事故によつて、之を失ふに至つたのであるから、右事故によつて、右と同額の損害を蒙つたものであると云ふべく、而して、ホフマン式計算方法に従つて、それを現在額に引直すと、その損害額は、合計金六七六、九二三円(円以下切捨)となるものであり、

(ハ)、而して、原告は、前記認定の通り、本件事故にあつた結果、下腿部切断の手術を受けて、生れもつかぬ不具者となると共に家業の農業に従事することは不可能となり、その後エツクス線技師の資格を得て、病院に勤務する身となつたものの、右足は、義足をつけなければならないので、その活動は、思ふにまかせず、又、日常生活に於ても、不具者として生活しなければならず、この状態は、終生継続するのであるから、その精神上の苦痛は甚大であると云はざるを得ないのであつて、これ等の事情と本件に現はれた全証拠によつて認められるところのその他の諸事情とを併せ考察すると、本件事故によつて原告が蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料の額は金五〇〇、〇〇〇円と算定するのが相当であると認められる、

(ニ)従つて、原告が本件事故によつて蒙つた損害の総額は、合計金一、三三二、九八九円となる。

六、然るところ、被告等各自に於て責任を負ふべき額は、前記の通り、右総額の一〇分の六であるから、その額は、夫々、金七九九、七九三円(円以下切捨)となるので、被告等に於て、原告に対し支払を為すべき義務のある額はは、夫々、右の額となるものである。

七、以上の次第であるから、原告は、被告等に対し、損害賠償金七九九、七九三円及び之に対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日であることが当裁判所に顕著な日である昭和三七年九月一三日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の被告等連帯しての支払を求め得るから、原告の本訴請求は、右支払を求める限度に於て、正当であるが、その余は、その支払を求め得ないから、その余の部分の請求は、失当である。

八、仍て、原告の請求は、右正当なる部分のみを認容し、その余は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

図〈省略〉

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